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新・我が家の本棚 Ⅸ 【ひと夏のファンタジー編】
新・我が家の本棚 Ⅸ 【ひと夏のファンタジー編】
今回ご紹介するのは1997年発行の【ベスト版 たんぽぽのお酒 レイ・ブラッドベリ 著 北山克彦 訳 晶文社】です。
[ベスト版 文学のおくりもの]全7冊の中の1冊で初版1971年発行の邦訳【たんぽぽのお酒】のリメイク版です。
1928年のアメリカ・イリノイ州の架空の町「グリーン・タウン」を舞台に12歳の少年ダグラスのひと夏を描いた、アメリカの小説家レイ・ブラッドベリによる半自伝的ファンタジー小説。
原書【Dandelion Wine】が刊行されたのは1957年で邦訳本の初版発行からでも半世紀が過ぎましたが、多くの読者に愛され読み継がれおりブラッドベリ作品のファンの間でも高く評価されているようです。
そして著者によって50年以上あたためられてきた、1929年10月のインドの夏が舞台の続編、原書【Farewell Summer】が2006年に、邦訳本【さよなら僕の夏】が2007年に発行されています。
著者のレイ・ブラッドベリは、まず〈星〉のことを書いて知られるようになります。
1941年から作品がSF専門誌に載るようになったのをきっかけに一般誌にも寄稿が求められ、1946年以降は作品が『ザ・ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズ』に収められること数回、1947年と1948年にO・ヘンリー賞を受賞します。
そして詩情あふれる火星植民の物語『火星年代記』(1950)、未来社会の焚書を描いて思想統制を糾弾した『華氏四五一度』(1953)などによって高度の文学性をたたえられ、SFの詩人と謳われることになります。(あとがきより要約)
『ちがった季節の薬、太陽とだらっとした八月の昼下がりの香り、煉瓦の街路を通っていく氷売りのかすかに聞こえる車の音、銀色の花火ロケットが勢いよくあがり、蟻の国々を押しわけて通る芝刈り機が、刈った芝を噴水のように吹きあげる。これらのすべて、これらのすべてが一つのグラスのなかにあるのだ。』
『「トム、二週間ほどまえに、ぼくは自分が生きているのを知った。いやあ、ぼくは踊りまわったものだ。それから、ほんの先週に映画を観ているとき、ぼくは自分がいつか死ななければいけないことを知った。ほんとうに、それについてはまえに一度も考えていなかったんだ。すると…(中略)…すべてが暗くなったみたいで、そこでぼくはおびえてしまった。…」』
『「人によってはとても若いころから悲しい気持ちに沈んでしまうものなんだよ」と、彼は言った。「べつに特別の理由があるともおもえないのだけど、ほとんどそんなふうに生まれついたみたいなんだ。ひとよりも傷つきやすく、疲れがはやく、すぐ泣いて、いつまでも憶えていて、わたしがいうように、世界じゅうのだれよりも若くから悲しみを知ってしまうのさ』
『「…冬のあいだじゅうあちこちならんでいるなかから、一、二分間夏を味わいなおしてみて、びんがすっかりからになったときには、夏は永久に去ってしまい、おもい残すこともなく、感傷的なカスみたいなものがあたりに散らかって、これから四十年以上もそれにつまずいたりすることもないからな。清潔で、煙も出ず、効果はたしか、それがたんぽぽのお酒じゃよ」』
『六月の夜明け、七月の正午、八月の宵は過ぎ、終わり、おしまいになって、永久に去ってしまい、ただそのすべての感覚だけを、ここの、頭のなかに残してくれた。いまや、過ぎさった夏の総決算をするものは、健やかな秋、白い冬、涼しい、緑の萌える春なのだ。…(中略)…そう考えながら、彼は眠った。そして、眠っていると、一九二八年の夏が終わった。』
『…おそらくブラッドベリは、『たんぽぽのお酒』を書くことによって、現在の子供たちに(またおとなたちにも)、一九二八年に彼が発見した、ファンタジーの世界を、あらためて語りたいと思ったにちがいありません。幻想とは、彼にあっては、夢の世界をほしいままにするのとは違い、この世界の隠れた力、隠れたドラマをはっきり見る能力なのです。』(1971年あとがきより)
古さを感じさせない奥深いファンタジーの世界を楽しみつつ遠く過ぎ去った自らの少年少女時代に想いを馳せ懐かしさとせつなさを感じることができる、そんな作品です。
~工藤先生より~
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